人生の余り道  (時の足跡)

輪違屋糸里(上)   浅田次郎著    文春文庫

あらすじ

新選組局長芹沢鴨は、京都・島原の輪違屋(わちがいや)の芸妓糸里が姉と慕う音羽大夫を無礼打ちにした。島原は騒然となったが、その場を収めたのは糸里が好意を抱く土方歳三だった。新選組は武家の芹沢派と百姓出の近藤派に2分されていたが、活動資金は芹沢一派が商家から奪って作り出していた。


新選組は壬生の郷士八木家と前川家を屯所としたため、居座られた両家の女房おまさとお勝は迷惑していたが、普段の浪士たちは礼儀正しく親切で、芹沢も素面のときは折り目正しい武士だった。呉服商・菱屋太兵衛の妾・お梅は、掛金取り立てのため屯所に通っているうちに芹沢に手籠めにされた。桔梗屋の芸妓吉栄は芹沢の腹心の平山五郎と恋仲で、平山の子を宿していた。


近藤一派が資金獲得のため独自に相撲興行を開いたことが気に入らない芹沢一派は、腹いせに京都御所に近い生糸問屋大和屋を焼き討ちした。京は騒然となり、会津藩主松平容保は怒りを露にする。その直後に八月十八日の政変が起きたが、会津側の勝利となった。この時、武士である芹沢は見事な采配ぶりを示し、百姓上がりの近藤と土方は手出しができなかった。


実は、大和屋の焼き討ちは、長州勢の不穏な動きを察知した会津藩上層部が、交代のために帰国する会津藩兵を留め置くことを狙って芹沢に実行させたものだったが、藩主松平容保はそれを知らず、近藤らに芹沢一派を討つことを命じた。


芹沢は近藤とは良い関係を持っているが、土方とはうまくいかない。土方の能力を認める芹沢は、糸里を部下の平間に差し出せとの難題を持ち掛け、土方が素直に許しを請えばそれをきっかけに関係を改善しようと考えたが、予想に反し土方はあっさり受け入れた。土方の呼び出しを受けた糸里は平間の出現に驚いたが、事情を察して平間を受け入れた。


感 想

本作品は、「壬生義士伝」に続く浅田次郎の新選組を扱う時代小説第二弾であり、京都島原の芸妓糸里を主人公に、幕末の歴史の渦に巻き込まれた女たちの視点で、浪士組誕生から芹沢鴨暗殺事件までを描いている。


長州、薩摩から見れば新選組はテロリスト集団、従って明治政府は、新選組に関する文献や証拠品を抹殺した。子母澤寛(祖父が幕府御家人で、彰義隊、函館戦争に参加した)が、昭和初期に少なくなった生存者から聞き書きして著した「新選組三部作」が原典になり、新選組の活躍が次第に日の目を見ることになっていった。


「解説」によれば、表題になっている「糸里」は子母澤寛、永倉新八、司馬遼太郎の著書に名前だけは書かれているが詳細は何もわからない。糸里の親友である吉栄は史料には見当たらないという。その他の女性陣も著者の創作で非常に印象的に描かれ、女性の視点から新撰組を見た時に、こんなふうに景色が見えてくるのかと、もう一つの世界に感心した。

※ 輪違屋は、京都市の島原の置屋兼お茶屋で、現在も営業を続けているという。


歴史の表舞台に登場しない彼女たちではあるが、実は彼女たちらしいやり方で戦い続けていた。そして、新選組といえば近藤や土方らが主役を演じることが多いが、壬生の屯所で隊士たちと親しく接しているおまさやお勝たちによって、普段は語られることの少ない芹沢、新見、平山などがリアルに描かれて、物語に奥行きと現実感を創り出している。


大和屋焼き討ち事件の経緯を知らされていない会津公が近藤一派に芹沢らを討つように命じたことは、百姓の近藤に対して、武士になりたければ武士の芹沢を討てという「踏み絵」を突き付けることになった。何とも皮肉な展開だが、幕末という時代の変わり目において、徳川家に対する忠誠心の塊のような会津藩主松平容保をもって、百姓に武士を斃すよう言わしめたことは、著者一流のユーモアなのかもしれない。

輪違屋糸里(下)を読む。


2017.07.19 読了

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