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人生の余り道  (時の足跡)

〈動物小説集〉 海馬(ドド)      吉村昭著    新潮文庫

あらすじ

身近ではあるが生態の余り知られていない動物とそれにかかわる人たちについて、丹念な取材をもとに、ヤスで突くウナギ取り師、闘牛飼育家、蛍の養殖家、鴨撃ち猟師、熊撃ち猟師、錦鯉養殖家、そしてトド猟師の7つの短編が語られている。


「闇にひらめく」〈鰻〉は、妻の不倫現場を見て妻と相手の男を刺して刑務所に、出所後はヤスでウナギを突くウナギ採りに師事し、鰻屋を営むようになった男のもとへ、自殺未遂の女性が転がり込んでくる。前途に明るい未来が見えたところで話は終わる。今村昌平監督のカンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞した映画「うなぎ」の原作。


「砥がれた角」〈闘牛〉は、宇和島の闘牛の話で、牛を飼い、鍛錬する様子と牛の戦いのありさまを描きながら、牛を飼う家族の親子のふれあい、その妻となる女性の姿を描いて、幸せが待っていそうな結末である。


「蛍の舞い」〈蛍〉は、妻に裏切られた過去と決別するために故郷に戻って蛍を育てている男のもとに、蛍に関心を示す女性がやってくる。この主人公の将来もやり直しが期待できそうな終わり方である。


「鴨」〈鴨〉は、囮の鴨を育て、それで鴨猟をする猟師親子のもとに自殺未遂の経験のある女が手伝いでやってきて、やがて結ばれる。「銃を置く」〈羆〉は、北海道苫前町で、羆が7人もの人を殺した事件をきっかけに猟師になった羆撃ち名人を主人公にした話で、目標の百頭の羆を倒して引退を決意したところへ新たに羆が人里に現れた。男は放っておけず、最後の猟に出た。使命感で羆を仕留めた男の解放感に重みがある。本作品唯一のノンフィクションである。


「銃を置く」〈羆〉は、北海道苫前町で、羆が7人もの人を殺した事件をきっかけに猟師になった羆撃ち名人を主人公にした話で、目標の百頭の羆を倒して引退を決意したところへ新たに羆が人里に現れた。男は放っておけず、最後の猟に出た。使命感で羆を仕留めた男の解放感に重みがある。本作品唯一のノンフィクションである。


「凍った眼」〈錦鯉〉は、錦鯉の養殖業を営む親子の顧客が亡くなり、その飼っていた鯉を引き取る様子を丁寧に書いて、この職業人の心理を描いている。


「海馬」〈トド〉は、知床半島の羅臼の町、漁業に被害をもたらすトド撃ちは鉄砲を撃つ若者と船を操る人の2人組で実施する。トド撃ちに執念を燃やす老人と、町を捨てて上京した孫娘との確執を絡ませて描いており、これもハッピーエンドが予感される。


感 想

吉村昭の「動物もの」の特徴は、取り上げられる動物の種類がとても多く、その生態や飼育法が詳細に語られている。著者は「動物に興味をいだき小説の素材にするのは、そこに人間をみるからだ」と書いている。


この短編集のテーマ(読む視点)は、興味の持ち方によって2つある。本作品表紙のタイトル脇に「動物小説集」とあるように、あくまで動物が主人公とするものと、その動物を扱う人間が主人公だとみるものだ。


・本作品に登場する動物はウナギ、闘牛、蛍、カモ、ヒグマ、錦鯉、海馬(トド)と多様だが、いずれも単なる机上の思いつきではなく、実際に現地に行ってその道の専門家に取材した結果、彼らを主人公として未知の世界が展開されており、動物に対する興味を掻き立ててくれる。


・孤独に生きる男、老いを悟る男など日常の枠外にある登場人物が、それぞれの動物に上手に重ねて描き出されて、筆者特有の地味で淡々としたストーリーの中に温かみや味わいがあり、主人公たちの生き方がじんわりと行間に染み出している。


本作品に登場する"わけあり"女性は、みな似たようなパターンで描かれているが、取り上げられた動物が異なるため決して単調な印象を受けない。もしかしたら筆者は、わざと同じようなパターンを設定することで、背景である「動物」の部分を浮き立たせることを狙ったのかもしれない。


「銃を置く」は、筆者の代表的作の1つ『羆嵐』の後日談で、北海道三毛別の区長の息子・大川春義をモデルとしている。大川が猟師となってから約20年間の羆による被害は、それ以前の3分の1まで減少しており、このことからも大川の功績は高く評価されている。


2018.10.06読了

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