人生の余り道  (時の足跡)

マンチェスター・バイ・ザ・シー

スタッフ

監  督 : ケネス・ロナーガン

キャスト : ケイシー・アフレック:リー・チャンドラー

   カイル・チャンドラー:ジョー・チャンドラー

   ルーカス・ヘッジズ:パトリック・チャンドラー

あらすじ

マンチェスター・バイ・ザ・シー

(回想:兄ジョーが操縦する船で、リーは甥のパトリックと魚釣りを楽しんでいる。)便利屋のリーは、ボストンで団地住人のトイレや水回りなどを修理して生活している。リーは、仕事の後に気晴らしにバーに飲みに行くが、話しかけてくる女を無視、目が合っただけで客に殴りかかるなど、友達もなく酒癖の悪い陰気な男と見られている。


兄が危篤との電話を受けたリーは、車で1時間半余りの故郷マンチェスター・バイ・ザ・シーに向かったが、病院に着いた時には既に兄は亡くなっていた。(回想:ジョーは数年前に心臓病で「余命5年〜10年」との宣告を受けた。これを知ったアル中の妻は家を出て行方知れずになっている。)


弁護士から、ジョーが息子パトリックの後見人にリーを指定していることを知らされた。リーは、後見人になることを拒絶しつつも返事を保留した。(回想:リーは、かつてこのマンチェスターで妻と娘3人の幸せな家庭を築いていたが、自分の不注意で火災を起こし子供たちを死なせた。妻に責められ離婚、故郷を捨てボストンに移った。)


リーは兄の葬式が終わるまで、16歳のパトリックの面倒を見ることにした。パトリックは今時の自由な青年、意見の衝突もあるが次第に心が通うようになる。しかし、故郷には残りたくないリーはパトリックをボストンに連れて行こうとするが、パトリックは仲間や彼女がいるマンチェスターを離れたくない。


葬式が終わり、リーは結論を出した。パトリックには新しい後見人を準備し、自分はボストンに戻ることにした。ジョーが残した船を修理し、パトリックとガールフレンドがその船で湾内を楽しそうに遊覧する姿を、まるで自分の息子を見ているかのように静かな笑顔で見つめるリー。


感 想

先日、英国中部マンチェスターで自爆テロがあった。その日の夜、この映画を見る予定だった。事件が衝撃的だっただけに、本作品の表題が「マンチェスター・〜」となっているので、映画の舞台はテロ事件が起きた英国のマンチェスターだと思い込んでいた。ところが映画には、度々星条旗が映るし、リーが住む場所はボストン、おかしいと思って確認したら、「マンチェスター・バイ・ザ・シー」という名のアメリカ東海岸の実在の町だった。


宣伝パンフにはアカデミー賞の主演男優賞と脚本賞を受賞したとあったので、大いに期待していた。映画は、回顧シーンと現在とが何の予兆もなく交錯するので、とても分かりにくく序盤は戸惑った。しかし、全編終わってみればリーがなぜ心を閉ざして生きるのかが徐々に明かされていき、淡々とした展開ではあるがミステリー調の印象的な映画だった。


本作品には、比喩的・暗示的な描写が各所に織り込まれている。パトリックが冷凍チキンを見て動揺しドアに頭を強打する場面があった。これはパトリックが"肉の冷凍"を嫌うことを暗示し、父の遺体を冷凍保存して春に埋葬するリーの計画に強く反対したことにつながる。その他、救急車に乗せる担架の脚がなかなか折り畳めないシーン、パトリックがリーに従順になるきっかけになった3枚の写真など、細かい演出が随所にちりばめられている。


リーとパトリックが自分の心の動きを言葉で説明する場面は少なく、ひとつひとつのシーンの積み重ねで心の葛藤や問題点を炙り出している。特にリー役のケイシー・アフレックは、やや猫背の殆ど笑うことのない表情で、家族に悲劇をもたらして人生の破綻に直面する主人公を繊細な演技で好演している。


最終的に、リーはパトリックの後見人にはならなかった。リー一族はみな個性が強く、そしてみな悲劇に遭遇している。リーとパトリックは多くの衝突を経てようやく理解し合えるようになったが、お互い自分の人生の目的や意義を決して譲らない。自分の心に嘘をつけばいずれお互いにとって不幸になると考えているようで、いかにもアメリカらしいと感じた。


荒んだ日々を送るリーだが、パトリックとの交流を通して少しずつ自分の役割を自覚し閉じた心を開いてゆく。リーはパトリックと過ごしたことで、笑顔を取り戻したことは確か。それは、最後の場面に船で遊ぶパトリック達を見つめる穏やかなリーの表情が示している。パトリックを後見人に指定したのは、人生を取り戻させようとする兄ジョーから弟リーへの最後の贈り物だったのかも知れない。


2017.05.22観賞

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