A 人生の余り道    
人生の余り道  (時の足跡)

それでも夜は明ける

スタッフ

監督 : スティーブ・マックイーン

製作 : ブラッド・ピット

キャスト : キウェテル・イジョフォー  (ソロモン・ノーサップ)

マイケル・ファスベンダー  (エドウィン・エップス)

ブラッド・ピット  (カナダ人労働者バス)


奴隷制度下のアメリカで起きた実話の映画化である。   原題は「12 Years a Slave」

北部から拉致されて南部の農園に売られた黒人ソロモン・ノーサップが12年間の過酷な奴隷生活の後、奇跡の生還を果たした手記を1853年に発表した。その8年後に起きる南北戦争の奴隷解放に大きな影響を与えたといわれている。

第86回アカデミー賞では作品、監督ほか計9部門にノミネート。作品賞、助演女優賞、脚色賞の3部門を受賞した。

あらすじ

それでも夜は明ける

1841年、奴隷制度が廃止される前のニューヨーク。自由証明書で認められた自由黒人で、白人の友人も多い黒人バイオリニストのソロモンは、愛する家族とともに幸せな生活を送っていたが、ある白人の裏切りによって拉致され、奴隷としてニューオーリンズへ売られてしまう。


狂信的な農場主エップスら白人たちの容赦ない差別と暴力に苦しめられながらも、ソロモンは決して生きる希望を失うことはなかった。やがて12年の歳月が流れたある日、ソロモンは奴隷制度撤廃を唱えるカナダ人労働者バスと出会う。農場内の東屋を建てている間にバスの考えを知ったソロモンは、故郷ニューヨークの知人への連絡を頼んだ。そしてある日、調査に訪れた保安官に救い出された。


過酷な奴隷生活

ソロモンを待ち受けていたのは、焼け付く太陽の下でひたすら綿を摘み、少ないと鞭打たれ、逃亡奴隷の処刑を目撃し、信じた白人に裏切られ、仲間である女奴隷の鞭打ちを命じられる。奴隷の逃亡、怠慢、反乱を防ぐ手段としての鞭打ちと首吊りが、日常的な拷問の手段として執拗なほどに描かれている。絶望の暗黒の中、ソロモンを支えたのは、もう一度家族に会いたいという願いだけだった。


そんな情景を、映画は淡々と描いていく。アメリカ南部の広大な自然の美しさ、リアリズムと心理描写、動と静。映像は素朴でとても美しかった。その背景として聞こえるのは、広大な森林の向こうの微かな遠雷と振り下ろされた鍬が土を割く音。そして時折聞こえる仲間を葬る黒人霊歌だけ。BGMがくどくないのが慰めだった。

自由黒人と奴隷黒人

題名の「それでも夜は明ける」は、奴隷の運命に関してとても意味深に感じた。「耐えればいつかは希望の未来が訪れる〈希望〉」か? それとも「つらい明日なら来なければいいのに、それでもまたつらい朝が来る〈絶望〉」か? 一般的には希望を表しているのだろうが、私には絶望も同じように暗示しているように思えた。


本作の監督スティーヴ・マックィーンは黒人の監督。自由の喜びと奴隷の苦しみの両方を経験した男の視点から、アメリカ奴隷制度を描きたいと思っていたという。この着想を妻に話したところ、彼女は救出後にソロモンが書いた回想録を見つけてきた。マックィーンは、この信じられない実話に驚愕したという。


主人公のソロモンは北部に住む自由黒人、自由証明書さえあれば白人と同じ自由が保障されるが、それはアメリカの黒人の僅か5%でしかない。一方南部に住む奴隷黒人は95%を占め、自由とは全く縁がない。映画のラストシーンで、ソロモンが北部から調査に来た保安官に救い出されるが、同じ農場の他の多くの奴隷はそのまま置き去りにされる。冷酷でもなんでもない。白人と黒人に差別があったと同じように、それが自由黒人と奴隷黒人との差なのである。


そんなソロモンの宙ぶらりんの立ち位置を象徴的に表す場面があった。ソロモンは、アメリカ東部では白人同様の生活を営んでいるが、白人社会の一員ではない。さりとて黒人奴隷社会の一員でもない。


奴隷として売られた最初の農園で、無能な白人の大工に反抗したソロモンが縛り首のリンチにかけられた。止めに入った監督官のおかげで、ソロモンは死を免れるが、監督官が農園主を呼び戻すまでの間、首に縄をかけられたまま爪先立ちの姿勢で半日も放置される。そんな様子を、テラスの上から冷やかに見下ろす白人たち。一方黒人奴隷たちはソロモンの背後で、触らぬ神に祟りなしとばかりにソロモンから目をそらして忙しく立ち働き、子供たちは吊るされているソロモンの脇で遊び回っている。白人からは見下され、奴隷には無視される。自由黒人のソロモンの立場の複雑さ、深刻さが伺われる。

ブラッド・ピットの役割

ブラッド・ピット、なかなか良かった。大俳優にもかかわらずカナダ人労働者バスとして、最後の場面でほんの端役として登場する。バスは自由主義者として、裏切られ続けて他人を信用することのできないソロモンの、知人に連絡をつけてほしいとの遠慮がちな願いを実現する役割をさらっと演じている。


ブラッド・ピットは、夫人で国連の親善大使にもなっているアンジェリーナ・ジョリーと共に慈善活動に力を入れていることはよく知られているが、この映画の製作に尻込みする人が多い中で、自ら製作者として貢献しているのはなるほどとうなずける。


「ブラッドが参加しなかったら、この映画は製作されなかったと思う」とマックィーン監督は語る。「彼はプロデューサーとして、全力で僕たちを支援してくれたし、俳優としては、数分登場しただけで誰よりも多くのことを伝えている」


2014.06.06観賞

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