人生の余り道  (時の足跡)

ゼロ・ダーク・サーティ


スタッフ

監督:キャスリン・アン・ビグロー

主演:ジェシカ・チェスティマン

ストーリー

ゼロ・ダーク・サーティ

9・11テロ後、CIAは巨額の予算をつぎ込みビンラディンを追うが、何の手がかりも得られずにいた。そんな中、CIAのパキスタン支局にテロリストの追跡を専門とする若く優秀な女性分析官のマヤが派遣される。


マヤはアブ・アフメドという男を追跡するが成功せず、更に、同僚も自爆テロで失うなど、苦悩や使命感、執念を描き出していく。やがて、ビンラディンの連絡員を割り出したことから、2011年5月2日の作戦実行につながってゆく。


ちなみに「ゼロ・ダーク・サーティ」とは、「深夜0時30分」を意味する軍事用語である。


映画「アルゴ」との比較

共に中東を舞台にCIAの活動を描いた作品だが、鑑賞後の印象は「アルゴ」は一種の「暖かさ」を、「ゼロ・ダーク」は「虚しさ」を感じた。それは、前者は大使館員の救出であることに対して、後者はビンラディンの暗殺がテーマになっているからだろう。


また、時代も前者は1971年、つまり昭和46年で「夕日の3丁目」的な雰囲気の中での事件なのに対して、後者は僅か2年前の高度に発達した情報・軍事技術で戦われた機械的かつクールな作戦であることが影響しているように感じた。


若き女性分析官が活躍

20代の若い女性分析官マヤは、苦しみ悩みつつも執念を持ってビンラディンの連絡員を、そして遂に隠れ家を割り出した。


マヤの情報に対する評価は、中間の管理職は60%程度でそれほど高くはなかったが、CIA長官は食事中のマヤと話して100%の確信を持つマヤに何かを感じたのだろう、作戦の実行を大統領に進言した。そして大統領はその進言を容れて決断した。


映画だから一人の女性が活躍したように脚色したのかもしれないが、とても優秀な分析官だと感心するとともに、その若い女性の進言を受け入れるアメリカの文化に驚く。日本では20代半ばの若い女性にこうした活躍ができるだろうか、それを許す社会文化があるだろうか。

執拗な拷問場面

映画の前半に執拗な拷問の場面が映し出される。アメリカでは議会でも取り上げられ批判的な意見が多い。この映画はCIAの全面的な協力を得て製作されている。CIAは拷問の有効性をとる立場なので、監督たちに「拷問は有効」との誤った情報を提供して世論の誘導を図った、とも言われている。


映画では、マヤが尋問すると、尋問される捕虜はある連絡員に関して触れることを意識的に避けている。これを嘘をついていると判断したマヤは、この連絡員の実在を確信しその所在を執拗に追及する。ただし、拷問によってビンラディンの居所等に関する直接的な情報は得られていない。


ビグロー監督は「事実だから入れないわけにはいかなかった。出来事をありのままに伝える責任があると感じた」と語っているが、映画を見た限り、こうして延々と映し出される拷問場面が必要だったとは思わなかった。


この映画は、CIAや国防総省の全面的なバックアップがあった。アメリカ映画ではよくあることだが、それにしても議会で「機密漏洩」を指摘されるほどの強力なバックアップだったから、映画製作の取材を続ける中で、図らずもビグロー監督側がCIAの工作に乗ってしまった、ということなのだろうか。


アリの一穴

マヤ側の幸運

ビンラディンの隠れ家については、  @山岳地帯の洞窟  A人家に近いところの  2説があったが、マヤは、仲間への指令を出す容易性から都市部かその周辺にいるとにらんだ。


情報活動は困難を極めた。連絡員が死んだとの情報で一旦は手がかりを失ったが、

@ 若い職員が過去の資料を丹念に調べ、死んだのは連絡員の兄だった可能性があると進言した。

A 家族に対する工作の結果、連絡員と同じ携帯電話を入手できた。


ビンラディン側の不運

ビンラディンは10年近くも行方をくらましたのに、なぜ見つかってしまったのか。

@ 偵察衛星で隠れ家を偵察したところ、多くの子供と成人女性3人、成人男性2人が判明したがあと1人の動きが分からない。隠れ家からは数か月間携帯の電波が全く発信されない。この事実から、不明の1人は高度なプロ、即ちビンラディンだとの結論に行き着いた。


A 連絡員がパキスタンでは珍しい軽のSUV車に乗っていたので、マヤ側にとって移動を監視しやすかった。目星をつけたこの連絡員を追跡することで、郊外の隠れ家に行き着いた。


まさに[アリの一穴]であった。


アカデミー賞

アカデミー賞の表彰式にミッシェル・オバマ大統領夫人がホワイト・ハウスから中継で出演した。しかも、後ろに数人の若い軍人を従えて。この映画を観る前の出来事であったが、テレビで見て「アレッ」と思った。


アカデミー賞は、5000人以上にもなるアカデミー会員の投票で決まる。オバマ大統領、CIA、国防総省その他多くの関係者が協力した映画だから受賞を期待していたはずだ。恐らく事前の予想では「ゼロ・ダーク」の受賞の可能性があった。だからホワイト・ハウスからの中継が企画されたのだろう。


ビンラディン殺害は、10年に渡る国家を挙げての追跡劇に終止符を打った点で、オバマ大統領の大きな成果といわれている。テレビを見た時にはそこまでは気付かなかったが、まさにそうした政治的狙いを込めて表彰式にミッシェル夫人が出演したのだ。


しかし、結果は大きな賞は「アルゴ」に渡ってしまい、わずかに音響編集賞を受けただけであった。私にとっても「ゼロ・ダーク」はとても印象的で、おそらく忘れられない映画の一つになるだろうが、明と暗で分ければ明の「アルゴ」が受賞してよかったとも思う。


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