人生の余り道  (時の足跡)

三陸海岸大津波      吉村昭著     文春文庫

あらすじ

著者・吉村昭は、毎年のように三陸海岸を旅するうちに土地の人達から津波の話を聞き、三陸海岸と津波は切り離せぬものだと知ったことが本書を書くきっかけになったと、あとがきで語っている。東北地方を襲った大津波について、実際にその地域を歩き、体験者から直接話を聞き、当時の雑誌記事や被災児童が書いた作文なども活用して、津波の様子、被災者の姿、さらには救援状況に至るまで、様々な角度から大津波を描き出している。

明治29年(1896年) 明治三陸地震

年初からの不漁が一転、6月に入ってマグロ、カツオ、イワシなどの魚群が押し寄せて途方もない大漁となった。町や村は日清戦役から凱旋した将兵の祝宴で賑わう6月15日のこと、夜7時過ぎに弱い地震が発生、次いで台地がゆったりと揺れると海から「どーん」と大きな音が聞こえ、海水が急激に引いた後にすさまじい轟音と共に黒々とした波の壁が押し寄せた。アッという間に人や家屋は波にのまれ、2万6千人以上の人が亡くなり、約1万戸の家屋が流出した。

昭和8年(1933年) 昭和三陸地震

昭和に入ると満州事変の勃発、5・15事件など重苦しい社会情勢が続く3月3日午前2時ごろ、太平洋岸一帯で感じる大規模な地震が発生した。地震発生後30分ほどして大津波が襲来、三陸沿岸の村落は壊滅的打撃を受けた。3,000名を超える死者・行方不明者を出し、流出家屋は約5,000戸。震源地は明治29年と同じ釜石東方約200キロだった。冬と晴れの日には津波は来ないという言い伝えがあり、被害を大きくしたと言われる。

昭和35年(1960年) チリ地震津波

戦後の復興が三陸沿岸地方にも漸く及ぶようになった昭和35年5月23日南米チリで大地震が発生し、津波がハワイに襲来して死者も出たが、気象庁は日本を襲うとは考えなかったので津波警報を出さなかった。大船渡では24日午前3時ごろ、異常な引き潮が起きた後に「水面がもくもくと盛り上がる」大津波が襲った。三陸沿岸を中心に約140名の死者、流出家屋は約1500戸。しかし、高さ10mの巨大防潮堤が築かれていた岩手県田老町では、被害が全くなかった。新聞は、この巨大防潮堤が功を奏したかのごとく報道した。

感 想

本書は、「関東大震災」と共に、小説家吉村昭による記録文学とも呼ばれるルポルタージュであり、三陸海岸沿いの町や村をたびたび襲った地震・大津波について、自身の取材によって明らかになった被害状況や人々の行動を克明に記録した「大津波の証言・記録集」である。


本書を読んだ感想の第一は、「学ぶことの難しさ」であった。


ウイキペディアで昭和三陸地震の項を見ると多くの写真が載せてあり、東日本大震災と全く同じ状況が映し出されている。津波に根こそぎ浚われて消えた町や村、建物の屋根に乗り上げた大きな漁船等々、やや不鮮明なことを除けばどちらの写真か判別がつかず、違うのは福島原発の事故がなかったことくらいである。


三陸海岸の人びとは、こうした津波の記憶を語り継ぎ生かしながら、明治から昭和の時代にかけて避難訓練、高所への移住、防潮堤の建設といった積極的な防災対策を積み重ねてきたことを本書は明らかにしている。岩手県の田老町では大津波の度に壊滅的な被害を受けたため巨大防潮堤を築いたが、それでも東日本大震災では抗すべくもなく倒壊し町は壊滅、再び多くの犠牲者を出した。


東日本大震災から6年半を迎えた現在(2017年9月)、新聞報道によれば、1兆円以上の予算をかけて岩手、宮城、福島の3県は防潮堤を591カ所(約390キロ)も計画し、9割近くで着工、竣工しているが、宮城県気仙沼市などの少なくとも5カ所で住民が反対している。着工・完成した地域でも、その高さに戸惑い、町をどう再建していくのか揺れているという。


明治三陸地震から約120年間で4回、つまり30年に1度の大地震と大津波が三陸海岸を襲っている。地震・津波の恐ろしさは身に染みているはずだが、それでも自治体が建築制限を出していないところは数か月後には家が建ち始めたという。狭隘な土地で海の幸に依存する生活、先人が遺した「津波石」を知らぬわけではないが、「風光明美で祖先の築いた土地、どのような理由があろうとも離れることはできない」という住民の魂の声も良く理解できる。


更にもう一つの巨大地震と巨大津波。僅か13年前の2004年スマトラ沖地震による大津波が襲い、あの映像に日本をはじめ世界が驚いた。福島第一原発事故は「想定外の偶然」で済まされているが、あの映像を見なかったはずはない。エネルギー確保の必要性から原子力発電が必須ならば、津波が多発する海岸近くに原発を建設してはならなかった。大量の冷却水が必要なことが理由ならば海に近いなりの対策を講じるべきだった。意図的な「安全神話」を流すことによって学ぶことを止め、子々孫々に取り返しのつかない過ちを犯してしまった。


2017.09.11 読了

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