人生の余り道  (時の足跡)

鬼怒川       有吉佐和子著    新潮文庫

あらすじ

鬼怒川沿いの貧しい農村は、副業として奨励された絹織物の産地として有名だった。この紬の里では、女性の価値は織物の腕によって決まる。この物語は、優秀な織手だったチヨが、日露戦争で生き残って英雄ともてはやされた男に嫁いでからの、一家の大黒柱としての生涯を描いている。


英雄であるはずの夫・三平は、戦争によって精神に異変をきたし、働くことのできない男になっていた。ある日、戦友だったという右足首を失った男が現れ、この男から「結城家の埋蔵金伝説」を吹き込まれた三平は、人が変わったように生気を取り戻して一人で埋蔵金堀りに夢中になったがあっけなく事故で死んだ。


息子の三吉は、志願して陸軍に入り太平洋戦争に出征した。敗戦後数年して奇跡的に生還したが、かつての機敏さは失われ無気力な日々を送るようになっていた。ところが、偶然見つけた父の遺品から埋蔵金伝説の虜になり、その作業中に腹膜炎とマラリアを併発してあっけなく死んでしまった。


孫の三郎は、村の将来を期待されて東京の大学に入ったが、安保闘争に加わって、内ゲバで大怪我を負って村に戻ってきた。そして、祖父と父同様に埋蔵金伝説の虜になった。この時すでに年老いて認知症が進んでいたチヨは、穴を掘る三郎を、昔の夫の足首のない戦友と取り違えて、追い払おうとして三郎と共に穴に落ちて二人とも死んでしまった。


感 想

本書では、女にとっては「結城紬」、男にとっては「結城家の埋蔵金」がキーワードになっている。解説によれば、この作品はもともと「黄金伝説」として連載されていたものを、著者が途中で「鬼怒川」に題名を変えたとのこと。


結城紬の織り手として名高く、妻として母として強く気丈だった主人公のチヨと、チヨを巡る三世代の男達が戦争(孫は学生運動)で狂わされ、更に伝説の結城家埋蔵金で再び狂わされ、そして、チヨ自身も認知症で人格が破滅したため自らの手で人生の幕を降ろすという、何とも皮肉な展開をたどり、小説としては面白いが、読後感がどうにもやれ切れない作品である。


筑波山南側に蚕影(こかげ)山が位置し、その中腹に蚕影山神社が鎮座している。筑波山に登るときに近くを通るので、何度かお参りしたことがある。縁起を記した看板には、この神社は、その名の通り、地域の養蚕業振興のために建てられたもので、近傍の鬼怒川はかつては絹川、小貝川は蚕飼(こかい)川と称されていたと書かれている。本作品の舞台がこの付近だったと知り、より親しみを感じた。


本作品には、結城紬の紡ぎ方、織り方の工夫、その特徴などが詳しく書かれており、結城紬に興味を持っている人は一読されたら良いと思う。私の母が和裁をやっていたこともあり、子供のころ定期的に大島紬の行商人が来たが、結城紬の行商人が来た覚えはない。本書で結城紬が大変高価なことを知り、間違いかも知れないが、昭和30年ごろの手内職で和裁をやる貧乏な家に、結城紬の行商人が来なかったことに納得した。


2017.06.16 読了

inserted by FC2 system