人生の余り道  (時の足跡)

市塵(下)      藤沢周平著    講談社文庫

あらすじ

朝鮮国の通信使を迎えるにあたり、白石は朝鮮国と対等の国家関係を確立するため諸改革を断行した。朝鮮側はもとより旧習に固執する多くの譜代の反対にあって波乱含みで行事は進んだが、帰国間際に「国書」の文字を巡って決裂、遂に国書交換は不調に終わった。


萩原重秀が実施した貨幣改鋳は大商人や幕閣には一定の評価があったが、物価高騰で庶民は苦しみ、萩原が私腹を肥やしたことを問題視する白石は、詮房の後ろ盾を得て家宣に強力に具申し、遂に萩原を失脚させて通貨を元の材質に戻した。


将軍家宣はわずか3年の治世の後51歳で没した。白石の献策によって4歳の鍋松が第七代将軍家継となった。詮房と白石は家継補佐の名目で、家宣の遺言を強力に推進したが、反対勢力も絵島事件などを創りあげて白石らを排除しようとした。家継が7歳で没し、大奥の意向が強く反映されて紀州家の吉宗が八代将軍に就くと、白石は職を免ぜられた。

感 想

吉宗が八代将軍に就くと白石を排除したばかりでなく、武家諸法度の改正、国の威信をかけた朝鮮との対等の関係など、白石が心血を注いだ殆どの施策が廃止された。これは白石というよりも、家宣の政治全体を否定したことになる。


白石の無念さは容易に想像がつくが、当の白石も、「生類憐みの令」は当然としても、一定の評価のある「貨幣の改鋳」や元禄時代として江戸文化の隆盛期を築くなど、綱吉が実施した多くの政策を否定した。これが歴史の現実なのだろう。


かつて、信長に取り立てられた秀吉も、天下平定後は信長の肖像画を描き換えるなど信長の影響力を排除した。今アメリカでは、トランプ大統領がオバマ前大統領の殆どの政策を否定しようとしているし、韓国でも同じことが起きようとしている。権力者のやりがちなこと、というよりも庶民の意識を忖度して権力者が受けを狙っているのかも知れない。


本書の題名「市塵」は「しじん」と読み、作品に出てくる「市井紅塵」から取られた。「市井」は庶民生活のこと、「紅塵」は道路に立つ土けむり、つまり庶民の暮らしを意味する。著者は、政権の中枢に上り詰めた白石よりも、吉宗から排除されて市井でものを書く姿こそが本来の姿だとの、著者なりの評価を表題に込めたのだろう。


大奥は側室を置くなど継嗣を確実にするための組織だったが、綱吉は跡継ぎに恵まれず、家宣から家継までわずか7年で徳川宗家の血筋は絶えてしまったため、御三家である紀州家の吉宗が将軍を継いだ。そして、幕末には第13代将軍家定の時に深刻な継嗣問題が生じた。


最近では眞子さまのご婚約で取りざたされるまでもなく、皇室に関して、現制度のままではいずれ継嗣問題が生じることは間違いない。


2017.05.19 読了

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