人生の余り道  (時の足跡)

朱の丸御用船        吉村昭著     文藝春秋

あらすじ

熊野灘

1830年9月、志摩半島先端の波切村の漁師が大量の米を積んだ廻船が難破しているのを発見した。貧しい村にとっては難破船の積み荷は天の恵み。しかし、その船は幕府の年貢米を江戸へ運ぶ「御城米船」のため、奪えば極刑を免れない。漁師たちは、迷いながらも大量の米の魅力に抗えず、略取することを決断する。


その3か月前の6月、厳しい審査を経て定助と次三郎を船頭とする二艘の御城米船が、年貢米を満載して石見国から江戸に向かった。定助は仲間を説得して米の密売を決め、寄港する度に少量ずつ売った。そして、発覚を免れるために、荒天時を選んで志摩半島沖の岩礁で両船を難破させ、艀で上陸して奉行所の取り調べを受けた。


波切村では略取したコメの分配を終えたところに、不正を暴く匿名の書状と、続いて偽役人による脅迫事件が起きた。その頃、四日市の陣屋では難破事故に疑念を抱く役人・村木が密かに調べを始めた。疑いが濃くなり、村木たちは立入り検査のため波切村に出向いたが、また偽役人が来たと誤解した漁民たちは暴行を加え、多数の死傷者を出した。


鳥羽藩による厳しい取り調べが行われ、御城米を密売した船頭ら、窃取した漁師、役人死傷事件に関与した者、更には密売に関与した寄港地の関係者を処罰した。1年後、漸く日常生活を取り戻した波切村の沖合に、米を積んだ船が難破したが、漁師たちはぼんやり眺めるだけだった。

感 想

本書は、実際に起きた海難騒動を小説化したものという。羽切村のような隔絶した地域では、決して秘事を漏らさないことで代々村の規律が保たれていた。羽切村の事件はこうした俗習に1人の不心得者が出たことが発端になっており、その全体像は三つの視点によって描かれている。


@ 難破船の積み荷の横取り行為は日常的に行われていた。

A 漏れるはずがないのに、何者かによる脅迫事件が起きた。

B 役人の立ち入り検査を偽検査と誤認したことで、予期せぬ殺傷事件に発展した。


このように、ばらばらに進行していた出来事が次第にからみ合って、後半に急展開して悲劇的な結末へと収束していく。実際に起きた海難事故が、著者の巧妙な組み立てにより、推理小説を思わせる展開が続き、最後は悲劇的結末を迎える。


この事件は、幕府に対する反逆行為と捉えられて、波切村の村民だけでも逮捕者は343名で、3名が獄門、6名が死罪、2名が遠島、13名が追放処分となったほか、拷問により衰弱死した者も数多く、多大な代償を招いた。


時間を追って淡々と事実が語られる吉村作品の独特な語り口は、推理小説には良く合うようだ。歴史的事実を少し脚色したこの小説は本当に面白く読める。ただ、この本はネタバレすると面白さが半減すると思うので、読む気持ちのある人はこの感想を読まないほうがいいかも知れない。(もう間に合わないが------)


著者のあとがきでは地方の郷土史研究家の功績について触れられている。郷土史というと普段はほとんど接する機会がないが、こういう作品の源泉になっていることを考えるととても価値のあるものだと思う。最近では歴史学者・磯田道史氏がこうした種類の著作を多く発表しており、楽しみが一層増す。


2017.02.16 読了

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