人生の余り道  (時の足跡)

ゾウの時間とネズミの時間    本川達雄著   中央公論社
  (サイズの生物学)

あらすじ

犬は1年で人間の20歳ぐらいまで成長し、寿命は平均すれば14歳〜15歳と言われている。時は万物の上を平等に流れていく、と私たちは考えているが、彼らの一生と人間の一生では時の流れは明らかに異なる。生き物、いや同じ人間でさえ住む環境によって独自の時間がある。本書は、生物学の視点から、時間の流れが動物や環境などで異なることを、平易な言葉で解き明かしてくれる。


サイズによって時間は変わる。

・いろいろな哺乳類で体重と時間の関係を測ってみると、体重が増えると時間は1/4乗に比例して長くなる。1/4乗なので体重が16倍になると時間が2倍になるという計算で、時間の長くなり方はずっとゆるやかだが、大きな動物ほど何をするにも時間がかかる。つまり、動物の種類が違うと時間の流れる速さが違ってくる。


・この1/4乗則は、時間がかかわるいろいろな現象にひろくあてはまる。 寿命を呼吸する時間で割れば、哺乳類ならサイズによらずほぼ同じ値で、一生の間に約五億回繰り返すことになる。物理的時間で測れば、ゾウはネズミよりずっと長生きで、ネズミは数年だがゾウは100年近い寿命を持つ。しかし、もし心臓の鼓動を時計として考えるなら、ゾウもネズミも同じ長さだけ生きていることになる。


・時間とは、最も基本的な概念であるため、自分の時計は何にでも当てはまると、何気なく信じて暮らしてきた。そういう常識を覆してくれるのが、サイズの生物学である。われわれの時計では、ほかの動物の時間を単純には測れないのである。

サイズと進化

・進化は小さいものからスタートする。小さいものは一世代の時間が短く、個体数が多いから突然異変で新しいものが生まれてくる確率が高い。また、小さいものほど移動能力が小さいので、地理的に隔離されやすく、新しい集団が独自の発展を遂げる機会が多い。一方、大きいものは長生きできるため、環境が激変した時に突然異変を生み出すチャンスが少なくて絶滅してしまう。


・隔離された島では、サイズの大きい動物は小さくなり、小さい動物は大きくなる。これを「島の規則」と呼ぶ。島に隔離されたゾウは世代を重ねるうちに、どんどん小形化していいき、ネズミやウサギなど小さな動物は逆に大きくなっていく。理由は餌にある。小さい島では餌が少なく大きな動物は生きていけない。一方、捕食者である大きな動物がいなくなれば、小さな動物は次第に大きくなる。


・アメリカのような大陸では、やることのスケールがでかい。常識外れのことをやって、もし白い目で見られたらよそに逃げればよい。だからとんでもない大思想が育つ。島国の日本ではそうはいかない。出る釘はすぐに打たれるため、エリートは育たず偉人は出にくい。逆に小さい方の庶民のスケールは大きくなり、知的レベルは極めて高くなる。「島の規則」は人間にも当てはまりそうだ。

サイズとエネルギー消費量

・食事量は体重の増加分ほどには増えない。標準代謝量(基本的なエネルギー消費量)は体重の3/4乗にほぼ比例する。この意味は、体重が2倍になっても標準代謝量は1.68倍にしかならない。体重4トンのゾウと体重40グラムのハツカネズミでは、体重差は10万倍あるがエネルギー消費量は5,600倍しか違わない。即ち、エネルギー消費量の増加は体重増加の1/18でしかない。


・農水省の「食糧需給表」によれば、日本人は標準代謝量の約2倍の食料を消費している。別の統計では、昭和61年の石油や石炭などの1次エネルギー消費は標準代謝量の63倍になる。これを他の動物の代謝量にあてはめると、体重4.3トン、つまりゾウのサイズに相当する。エネルギー消費の点で見れば、現代日本人はかくも巨大な生き物になってしまった。

食事量と行動圏

・大きな動物ほど広い行動圏をもつが、この広さは、ほぼ体重に比例する。行動圏の広さは、何を食うかによっても大きく変わり、肉食獣は草食獣の10倍以上大きな行動圏を持っている。サイズの大きいものは、その行動圏の中で仲間と出会う機会が多いので、敵対するよりは共同で生活するほうが生きる確率が高くなる。サイズの大きいものほど長生きなので、年長者から学ぶ機会が増える。このことも社会性の発達に役立ったと思われる。


その他 「なぜ車輪動物がいないのか」「なぜスクリューを持つ魚がいないのか」「なぜ最大サイズの昆虫がカブトムシぐらいなのか」など、読んでみれば"目からウロコ"の、新しい発見がいっぱい紹介されている。


2017.02.10 読了

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