人生の余り道  (時の足跡)

グリーンブック

◆スタッフ

監 督 : ピーター・ファレリー

キャスト : ビゴ・モーテンセン : トニー・リップ・バレロンガ

   マハーシャラ・アリ  : ドクター・ドナルド・シャーリー

   リンダ・カーデリニ  : ドロレス

◆あらすじ
グリーンブック

1962年、ニューヨークの高級クラブの用心棒トニー・リップは、黒人嫌いであったが、クラブの改装が終わるまでの間、黒人ピアニストのドクター・シャーリーの運転手として働くことになった。シャーリーは人種差別が根強く残る南部への演奏ツアーを計画していて、二人は黒人用旅行ガイド「グリーンブック」を頼りに、クリスマスには帰る予定で旅立った。


シャーリーはカーネギーホール上階に住む著名なピアニストであったが、旅では黒人専用の宿しか泊まれず、控室が倉庫であったり、レストランで食事ができなかったり、先々で厳しい差別を受けた。一方、農場で働く黒人は、白人のトニーに車の修理をさせているシャーリーを奇異の目で見つめる。シャーリーは、白人の社会からも黒人の社会からも疎外されていると感じている。


最初は好意を持っていなかったトニーだが、シャーリーの気品ある素晴らしい演奏に触れて次第に敬意を払うようになった。長い旅路の中では、嫌がるシャーリーにフライドチキンを食べさせて好きにさせたり、暴漢に襲われたシャーリーを機転を利かせて救い出したり、シャーリーがホモであることで警察に捕まった際にうまく救出するなど、次第に二人の距離は縮まっていった。


トニーは、妻ドロレスとの約束で毎日手紙を書いていたが、小学生レベルの言葉使いや誤字に気付いたシャーリーは、魅力的な文章を口述して筆記させた。手紙をもらったドロレスは、身内の女性たちに自慢げに読み聞かせ、一族はトニーが元気で仕事を続けていることを喜んだ。


旅の最後の演奏地で、一行は慇懃無礼なほどの丁寧さで迎えられるが、食事を外のレストランでで食べろと言われるなど、あまりにひどい差別に憤ったシャーリーは演奏をキャンセルし、トニーと共に黒人専用の場末のバーに繰り出した。リラックスしたシャーリーは、地元のミュージシャンとセッションを組んで、本来の自分に戻ったような素晴らしい演奏を奏でた。


雪の降る悪天候の中、シャーリーは疲れ切ったトニーに代わって運転し、約束の日に自宅に送り届けた。久しぶりの再会でトニー一族が賑やかにクリスマスを祝っているとドアのチャイムが鳴った。シャーリーの姿を見た途端、室内にいた人々はシーンと固まってしまったが、すぐにドロレスが近寄ってシャーリーをハグして耳元で「手紙ありがとう」とささやいた。


◆感 想

「グリーンブック」とは50年代から60年代、人種差別の激しかった南部に旅をする黒人のために作られた「施設利用ガイド」のことだという。本作品は実話に基づくもので、アカデミー賞では全5部門でノミネートされ、作品賞のほか脚本賞、助演男優賞を受賞した。


心理学のドクター称号を持ち著名なピアニストの黒人シャーリーと、イタリア系のマフィアっぽい粗野な感じの白人トニーの組み合わせという、従来とは逆のキャラクターの描き方が面白い。すぐに思い出したのがフランス映画「最強のふたり」。共に黒人と白人、教養も資産もかけ離れた二人がカルチャーショックに突き当たりながらも徐々に理解と友情を深めていく物語である。


最初の画面で、ドロレスが有色人の作業員に出したコップを洗い場に置く。トニーはそのコップを汚いもののように塵箱に捨てる。捨てられたコップに気付いたドロレスが塵箱から取り出す。これが伏線となり、最後の場面で、黒人のシャーリーが訪ねてきて全員が凍り付いたようになった時、ドロレスが自然な様子で迎え入れてハグする。淡々と描かれた二つの場面であるが、本作品の性格を決定づける素晴らしいシーンだった。


人種差別をテーマにした映画は多くあるが、差別をこれでもかと深刻に描いた「それでも夜は明ける」や、差別を克服する黒人女性の活躍を描いた「ドリーム」などに比べれば、本作品は人種問題に加えてLGBTという社会問題や、喜劇、音楽といったジャンルが加味されながらも、正面から人種問題の善悪を主張せずに、極めて自然な展開の心地よい作品になっている。


画面の中に多くの対比を仕込ませているのがコミカルで楽しい。ラストの訪問シーンもチャイムが鳴って「シャーリーが来たんだ」と思わせて、実は友人の質屋さんで肩透かしを食らわせる。登場する警察官も、ひどい差別主義者もあれば親切に車の修理を手伝う人もある、といったように差別を扱いながら白人を全部悪者にしてない。却って差別のリアリティが増した感じがする。


音楽には門外漢の私だが、シャーリーがセッションで楽しさを露わにピアノを演奏するシーンは素晴らしかった。映画ならではの大音響でよかったし、シャーリー役のマハーシャラ・アリのピアノ演奏が真に迫っており、手元のアップから引きの全体像が映されて実際に弾いているように見えた。また、観客に振りまいていたこれまでの固い笑顔が一転して満足感を心の底から醸し出すような静かな笑顔、助演男優賞を受けるに値する素晴らしい演技だと思った。


2019.04.05観賞

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