人生の余り道 (歩くを楽しむ)

もう半世紀も前のことになりますが、昭和30年代の後半に小田実著の『何でも見てやろう』 に刺激を受けて、多くの若者が未知の世界へ冒険に出たことがあります。

当時の私にとって遣り残したことの1つが四国のお遍路行でした。還暦を過ぎて自由の身になった 今、俄然実現したいという気持ちが強くなり、四国一周を1回で回る『通し打ち』を野宿を交えて行いました。

これは、お遍路沿いの皆様とのふれあいの記録です。


  平成22年6月18日(金)〜7月26日(月)
    歩いた期間 : 39日間
    歩いた距離 : 約1400km

準  備

全般

約半年の準備期間には、お遍路に関する本やインターネットを通じて体験談を読んだり、「へんろ みち保存協力会」発行の地図や参考資料などでお遍路に関するイメージを膨らませていった。並行して、体力づくり、靴の選定やマ メの防止策の検討、できるだけ軽い野宿用具や携行品を選ぶとともにその携行要領を工夫するなどの準備をした。

一方、長い間家を留守にするので出発までには当面の用事をきちんと済ませておく必要があった。 家周りの小修理や懸案のウッドデッキを造るなどに結構時間をとられてしまい、お遍路の中身を充実するための準備はあまりできな かった。結局、般若心経の意味も分からず、お寺の縁起や参拝の作法も把握しないままの出発になってしまった。

お遍路に対する考え方

四国のお遍路は必ずしも宗教的な動機ばかりではない。肉親や自己の病気平癒を祈ったり、身近な 不幸の痛手を癒すためだったり、あるいは人生を考え直すためだったり、最近では健康のためという人たちが増えている。私の場合 は、若い頃からお遍路に行きたいと思っていたことの実現である。

お遍路は、88ヶ所の寺とそれをつなぐ遍路道で成り立っている。昔からお遍路にとっての本当の 修行・試練は、山あり谷ありの1600キロ以上にも及ぶ遍路行そのものであり、その間の宿や食料の確保、更には自然との闘いで あった。今では当時と同じ条件でお遍路することは困難ではあるが、重い荷物を背負って野宿をしながらのお遍路をすることによっ て、少しでも原型に近いものにしたいと考えた。

私の場合は信仰心からの発意ではないので遍路装束は必要ないとも考えたが、沿線のいろいろな 人々とのふれあいを深めるためには、お遍路としての自分の立ち位置を明確にしたほうが良いと考え、最小限ではあるが遍路装束を 身に着けることにした。

時期の検討

一般的にはお遍路に適する時期は春と秋と言われている。お遍路に出ることを決めたのが正月を過 ぎたころだったので、数ヶ月の準備期間を考えれば春の連休前後には出発できた。しかし、趣味のスポーツ吹矢の競技会が6月と 9月に予定されているため、約2ヶ月のお遍路期間を設定できるのが7月前後に限定された。元々暑さは苦にならないし、暑ければ そのぶん多量の汗をかくので新陳代謝を促し、返って健康のために良いと考えた。

体力強化

長く糖尿病を患っているため、40代の頃から約20年間、運動療法の一つとして室内でエアロバ イクをこいでいる。毎日1時間が目標であるが、実際は毎日は難しく、週に4〜5日ぐらい乗っている。最大負荷でこぐのでかなりの 運動量になり、下着やジャージーがびっしょりになるくらい汗をかいている。

歩くことは好きなので、散歩やジョギングを時折実施している。自宅から筑波山往復を徒歩や自転 車と組み合わせて何度か実施した。筑波山へは、全て徒歩で往復する2日間コース、自転車で麓まで行って登山後にまた自転車で帰 宅する1日コースを設定して、それぞれ4回実施した。特に最後の2日間コースはお遍路行と同じ15キロの装備を背負って野宿で 行い、教訓や改善事項を見出して本番に反映させた。

実は、予定した45日間を歩き通せるか、野宿では疲労回復が難しいのではないかなど多少の不安 があるので、疲労回復と洗濯やデジカメ・携帯電話の充電の必要も考えて、3日野宿で1日宿をとることにして荷物を準備した。

疲労回復に効果的な粉末のクエン酸を携行して、毎日500ccのペットボトル1本に5グラム程度 のクエン酸を入れて飲むことにした。飲まなかったこととの比較はできないが、疲労回復にはとても効果があったと思っている。

幸いマメもできず足腰も痛まなかったので、体力的な厳しさや苦痛を感じることはなかった。また、 梅雨の時期でよく雨に降られたが、これが逆に暑さをあまり感じずに歩けることに繋がったと思う。結願した大窪寺では困難を克 服した達成感で涙に咽ぶとも聞いていたが、幸か不幸かこうした「苦労の末の達成感」といったものを味わうことはできなかった。

荷物の軽減

荷物の中身は、3日分の下着類2kg、テント類3kg、雨着類3kg、エアマットなど寝具類3 kg、バッグ・非常食・薬・納経用品など4kgで合計約15kgとなった。その他に水は500ccのペットボトルを2本〜4本 携行したので最大では重さは約17kgになる。

ベルトの突起物で バックを支える。

一般に歩き遍路の荷物は4〜6kgが良いといわれているが、野宿を前提にすればどうしても15kgぐらいにはなるだろう。 この重さが全て肩にかかると厳しいので何とか分散する方法を考えた。ズボンのベルトとは別に、後ろに突起物を着けたベルト を白衣の上から締めて、背負ったときにバッグがこの突起物に乗るようにしておくと、バッグの重みが肩とベルト(腰)に分散される 。更に、最大でペットボトル4本の水2kgをこのベルトにつけることで肩への負担を軽くした。、筑波登山2日コースで実験した ところとても具合が良かった。恐らく5〜6kgぐらいは肩にかかる重さを軽減できたのではないか。焼山寺や雲辺寺を登るときで さえも荷物が重くて困ったことはなかった。

お賽銭やロウソクなどの参拝用具、糖尿病の治療薬(インスリンは長い期間の高温保存は適当でない)など定量的に消費する ものを3つに区分して、途中適当な宿を指定して自宅から追送してもらうことで、少しでも荷物を減らすことにする。

マメ・水虫対策

特にお遍路を意識したわけではないが定年後に皮膚科に通って水虫を治療していたので、お遍路に出発する時には水虫は 完治していた。お遍路では長期間靴を履き続けるので、絶対に水虫は出発までに治しておきたい。

お遍路が成功し、少しでも快適なものにするためには、マメ対策が成功するか否にかかっている。マメができれば歩くこと に支障があるし、できたマメをかばうために更に他の場所を傷めてしまう。お遍路の最大の命題として『絶対にマメを作らない』 をあげて以下のことを実行した。

  •   @ 足に合った靴を選ぶこと
  •   A 靴下の2枚履きをすること
  •   B 少しでも異常を感じたらすぐに休憩してその部分を直すこと
  •   C 例え短い休憩でも必ず靴・靴下を脱いで少しでも足を乾かすこと
  •   D 十分なマメ治療薬を持参して対応を適切にすること

とても頼りになった靴

1400`共に歩いた靴
まだまだ履ける。

靴を選ぶため4〜5回スポーツ店に行き、いろいろな靴下をつけて左右両方の靴の履き心地を試した。本来の足サイズは 25.5〜26cm位だが大きめの27.5cmで、ゴアテックスのできるだけ軽いもの( ニューバランス MT703GH 4E) を選んだ。 全期間を通してこの靴はとても具合が良く、マメも作らずに快適に歩くことができた。左の写真はお遍路後の状況で、まだまだ使用 可能だ。


靴下のはき方も工夫した。厚手の靴下は網目が粗いので、長時間歩いているうちに靴下の網目が足裏に食い込んで痛くなる。 一方、薄い靴下は網目が細かくて足には優しいが靴との摩擦が直接足に伝わる。また、普通の厚さの靴下は靴の中が濡れたまま 歩いていると、靴下が捩れてマメができやすくなる。


マメ防止と汗止めの処置

これらの欠点を補うためには、靴下の2枚履きがとても効果的だ。まず、婦人用の薄手の靴下を履きその上に普通の男物の 靴下を履く。こうすることによって薄手の靴下の網目は足裏に優しく、また、2枚履いているので靴との摩擦が直接足に伝わること が少ない。もし靴の中が濡れて男物の靴下がよじれても、すべすべした婦人用の靴下が緩衝材になって足裏を守ってくれる。靴下の 2枚履きは、靴の選択とあいまってマメができなかった大きな要因になった。


前半は梅雨のためよく雨に降られ、靴の中が常にびしょ濡れで足湯状態だった。その原因は、雨水が靴に浸み込むことよりも、 汗や雨がズボンや肌を伝って靴の中に浸み込むことのほうが大きかった。そこで、遍路の途中に思いつき、タオルを縦に裂いて包帯 状にしたものを膝下の部分に巻いて汗止めにした。小雨か暑い時の汗ならばこの部分で止めて靴の中に侵入することを防ぐことが できた。

糖尿病対策

お遍路に行くことで糖尿病が改善されるとはあまり考えていなかった。年齢を考えれば、むしろ危険の方が大きいのではないか と思っていた。血糖値がうまくコントロールできないときは、高血糖よりも低血糖のほうが生命の危険がある。毎日30km以上も 歩いて、食事が不規則になりがちであるし、単独で山の中を長い間歩くことになるので特に低血糖には注意しなければならない。

  

このため、以下のことに注意した。

  •   @ 薬(インスリン)の劣化をできるだけ抑えるため、3区分して途中で2回送ってもらう。
  •   A 常に非常食を携行して、全く食べ物がない状態は作らないようにする。
  •   B 薬は食事を摂った時に飲む。(食事をしないときは薬は飲まない。)
  •   C 前バッグに固形のブドウ糖を入れておき、急激な空腹感、脂汗、悪寒などの症状があればすぐに飲む。

民宿を利用するお遍路であれば定時の食事が可能だが、野宿や素泊まりがあったのでかなり不規則になることがあった。早くも 2日目の朝食を摂らなかった時に低血糖症状が出たが、これまでにも経験しているのですぐに対応できた。

適度な運動の後では、民宿では多めに食事を摂ってしまう。民宿の皆さんはとても素晴らしい食事を出してくれるし、食べる側 も目の前に美味しいものがあればつい食べ過ぎてしまう。糖尿病対策、ダイエットのためには民宿よりも野宿のほうが効果的だと思う。

その他の工夫

前バッグの活用

B5版が入る程度の大きさのバッグを胸の前に吊るして、納経帳・ロウソクなどの参拝用具、地図、参考資料、デジカメ 、小型の録音機、メモ帳、財布など合計2kgぐらいの、貴重品や頻繁に必要になる物を入れて携行した。歩きながら必要なものを軽易に取り出すことができるし、休憩や宿泊地では、前バッグだけを持ってその場を離れることが できてとても便利だった。

焼山寺を登った日に荷物整理すると、体を流れ落ちる汗が浸み込んで前バッグの中が水浸しでほとんどの資料が濡れてしまった。 このため、バッグ全体に買い物のビニール袋をかぶせるとともに、健康保険証や大事な資料は更にビニールに入れて汗と雨から 保護した。


地図の携行

取扱いに便利なように地図を細分化

へんろみち保存協力会の地図はお遍路には必須のものだが、縮尺が大きいので全体像が分りにくく、また南北の方向や縮尺が ページによって異なるのでとても見にくいので、10万分の1の道路地図も携行した。更に、これらの本を各ページに分解して、 当日歩くのに必要なページだけをビニール袋に入れて4つ折にし、前バッグで携行して歩きながら軽易に見た。手間がかからず使い 勝手がとても良かった。

                                     

バッグの負い紐につけたフックの活用

金剛杖は山道では安全確保の面からもとても役に立つが、平地では足が悪くない限り返って邪魔なときがある。そこで、 金剛杖の握りの部分に紐の輪をつけておき、杖が不必要な時には負い紐につけたフックにかけておくようにした。 歩く途中で買ったパンや果物をその都度背中のバッグに入れるのは面倒なので、少しの間ならこのフックに掛けておいた。 また、小さなゴミも適当な場所ですぐに捨てられるようにこのフックを利用した。


空気マットの利用

野宿での寝心地を良くするため、呼気で膨らませるキャンピングマットを買ったが、すぐに空気が抜け高価な割には役に立た ない。何種類か試した結果、海水浴で子供が使用する空気マットならば、下がコンクリートでも砂利でもエアベッドに寝ている ようで安眠できる。2kgと重いこと、大人の体重は重すぎて2〜3時間で空気が抜けるので、夜間に補充する必要があることを 除けばとても具合が良かった。


手作りの金剛杖

手作りの金剛杖、帰宅後連結式に改造

金剛杖は、長さは約120cmの桧材で手作りした。お遍路が終わると10cmも短くなると聞いていたので、その先端に硬い ゴムをはめて短くならないようにし、握りには、スキーストックのように体重を支える輪をつけ、更に登り用と下り用の2箇所に 滑り止めを巻き、その1部を輪にして負い紐のフックに掛けられるようにした。また、2箇所に反射テープを巻いて、トンネル 通過時の安全対策とした。


結願した後に金剛杖を大窪寺に奉納する人も多いが、手作りであることに加え、ともに苦労を分かち合ったお遍路の同志としての愛着 が湧いたので持ち帰ることにした。 現在も筑波登山などで使用している。麓まで自転車で行くこともあるので携行に便利なように、半分にカットして連結式に改造して いる。(上記写真:中央の金属部分が連結具)


丸坊主になる

荷物を減らすため整髪料や櫛を持つ必要がなく、多量に汗をかくのでいつ水をかぶっても後の処置が簡単なように、前日に家内に 髪を刈ってもらった。 この「断髪式」によって、旅立つ者、留守を預かる者がお互いに覚悟ができたかもしれないし、何よりも髪の 手入れに煩わされなかったことがとても良かった。菅笠の内側が直接頭に当たるので傷になるのを防止するとともに、汗対策として手ぬぐいを鉢巻状に巻くようにした。


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